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2026-01-04
新年を迎えると、私たちは目標を立てます。日記をつけよう、運動をしよう、生活を整えよう。しかし実際には、「分かっているのに続かない」「分かっているのに一歩が進まない」ことも多いのではないでしょうか。日記なら笑って済ませられますが、人生には先延ばしにできない問いがあります。
それは、いつか必ず迎える「死」という現実です。分かっているのに考えないようにしてしまう。向き合うのが怖くて立ち止まってしまう。聖書は、そんな「立ち止まった人」の物語を語ります。それがヤコブです。
ヤコブは兄エサウを恐れ逃亡しました。その途中、ベテルで神と出会い、次の約束を受けました。
「見よ。わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」(創世記28章15節)
その後、ヤコブは神の導きによって故郷へ帰り、恐れていた兄エサウとも和解します。外から見れば、順調な人生でした。しかしヤコブは、神と出会った原点であるベテルの町へ上らず、シェケムの町に留まり続けます。
その結果、創世記34章では悲しい出来事が起こり、暴力と報復が連鎖します。驚くことに、この章には「神」という言葉が一度も出てきません。ヤコブは神を知らなかったのではありません。約束を忘れていたのでもありません。ただ、分かっていながら進めなかったのです。
ところが35章で、状況が変わります。
「神はヤコブに仰せられた。『立って、ベテルに上り、そこに住みなさい。』」(創世記35章1節)
沈黙していた神が、再び語られます。しかもそれは叱責ではなく、前に進むための招きでした。ヤコブは家族に伝えました。
「あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、身をきよめ、衣を着替えなさい。私たちは立って、ベテルに上って行こう。」(創世記35章2-3節)
ヤコブが歩き出したとき、神は再び現れ、約束を新しく語り直してくださいました。そこには「遅すぎた」「手遅れだ」という言葉はありません。
私たちも、分かっていながら立ち止まってしまうことがあります。神は、そんな立ち止まった人を見捨てるお方ではありません。あなたが「キリストにある永遠のいのち」を得ることができるように、もう一度語り、もう一度招いてくださるお方です。新しい年、神の語りかけに心を向けていただければと思います。
「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」(エレミヤ書29章11節)
上里キリストチャペル
坂藤頌一
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